トスカーナ州公認 ビジネス支援ポータルサイト

お問い合わせ

トスカーナ紹介 イタリア中部北側に位置し10県の都市からなり、 ユネスコ世界遺産の数も多い。各都市の歴史や文化に始まり、有名ワインの数々やオリーブなど世界的に知られる農産物、バランスのとれた郷土料理、幅広いファッション、豊かな自然とその総合的な魅力はヨーロッパ随一。

その起源は紀元前8世紀のエトルリア文明まで遡りますが、トスカーナがイタリア半島において政治的、文化的に重要になったのは、いわゆる都市国家の時代からです。メディチ家を擁するフィレンツェや、シエナ、ルッカ、ピサなどの都市はその代表と言えます。農産物や、交易などによる経済的な繁栄により支えられ、ルネッサンス期には文化芸術のパトロンとしても君臨しました。「イタリア」という国としてのカルチャーは、トスカーナそのもの、或いはトスカーナ発のものが土台と言っても過言ではありません。ローマ教皇庁との関わりも深く、又その後の外国勢支配の時代においても宗教的、政治的に重要な役割を果たしてきました。

グロッセートの歴史

古代のグロッセートにはエトルリア人の居住地が多く存在しました。その後ローマの支配下に入り広場、野外劇場、公共温泉浴場などが建設され、12世紀初めにはグローセートに大きな共同体が移され、都市の本体として機能するようになりました。 シエナ共和国の侵略を受け続けましたが、1559年にトスカーナ大公国に合併されました。


シエーナの歴史

古代のシエナにはエトルリア人の居住地がありました。中世に金融業と羊毛貿易で栄える有力都市国家となり、1167年にシエナ共和国として独立を果たした後、13世紀から14世紀に最盛期を迎え、その経済力を背景としてルネサンス期芸術の中心地の一つとなります。 トスカーナ地方の覇権をフィレンツェと競い続けますが、16世紀にシエナ共和国はトスカーナ大公国領となりました。


ピサの歴史

紀元前89年後半に自治都市地位を与えられたローマ帝国の植民地は、ローマ皇帝の下で強化され重要な海軍基地となりました。7世紀のピサは、ティレニア海上域とトスカーナ・コルシカ地域、サルデーニア、フランス、スペインの南部沿岸地域における重要な交易中心地の任務を果たす主要港として大いに繁栄しました。その後、ルッカ公国の一部となり、最盛期の11世紀にはイタリアの歴史的な主要4海運共和国の1つと認められますが、12世紀に起きたジェノバとの戦いに破れ、主要イタリア港としての衰退が始まりました。現在は世界遺産であるピサの斜塔などの観光スポットとして賑わっています。

リヴォルノの歴史

「理想都市」として建築家ベルナルド・ブオンタレンティによって16世紀に設計されました。運河が交差し要塞に囲まれたこの港町は免税特区とされ、商人の貿易活動、信仰の自由を守る法律が制定され、多国籍都市として地中海域の中でも重要港となりました。しかし1868年にイタリア王国に合併された後、免税特区ではなくなったためにその地位は失われ、衰退しました。

アレッツォの歴史

エトルリア人の居住地からローマ帝国の植民地となり、カッシア街道上という位置からローマの重要軍事基地となりました。11世紀初めに都市国家アレッツォとして独立し、 14世紀後半にはトスカーナ大公国に、1860年にはイタリア王国に合併されました。


フィレンツェの歴史

古代エトルリア人の居住地だったフィレンツェはローマの植民都市として発展し、1115年には自治都市に、13世紀にはフィレンツェ共和国になりました。中世には毛織物業と金融業で栄え、メディチ家統治の下、15世紀に花開いたルネサンス文化の中心地として栄えました。1569年にトスカーナ大公国となり、1737年にオーストリアのハプスブルク家に継承されるまでメディチ家の繁栄が続きました。1860年イタリア王国に合併され、1865年から6年間首都となりました。


プラートの歴史

古代のプラトーにはエトルリア人の居住地が多く存在しました。ビゼンツィ川を利用して発展した羊織物業や金融業の発展により、14世紀中頃から15世紀初めにかけ顕著な経済躍進を逐げました。19世紀には織物産業として国内1位の工業中心地となり、「イタリアのマンチェスター」と呼ばれるようになりました。

ピストイアの歴史

古代ローマの植民地として発展したピストイアは、5世紀以降司教座都市となりました。14世紀半ばにはフィレンツェによって統治され、1530年、正式にフィレンツェ共和国(後のフィレンツェ公国)に併合されました。


ルッカの歴史

エトルリア人が開いた街ルッカはローマの植民地となり、紀元前90年に自治都市となりました。その後侵略や支配を繰り返し受け弱体化したものの、絹織物の交易という強みのおかげで復興を果たし、1370年にはルッカ共和国を建国しました。1847年にトスカーナ大公国に再編され、1861年にはイタリア王国に組み込まれました。周囲4キロメートルあまりを城壁で囲まれた城塞都市です。「トスカ」等で知られる19世紀の作曲家ジャコモ・プッチーニの生誕地でもあり、旧市街にあるプッチーニの生家は、現在ではプッチーニ博物館となっています。


マッサ=カッラーラの歴史

15世紀から19世紀までマッサとカッラーラで公国を構成していました。経済・産業の重要な中心は白大理石の生産で、アプアーネ・アルプス近辺から産出する白大理石は有名です。古代ローマの神殿、ルネッサンス期の彫刻、近年ではロンドンのマーブル・アーチや2007年に完成したアブダビのシェイク・ザーイド・モスクなどに石材を提供しています。

マッサ=カッラーラ ルッカ ピストイア プラート フィレンツェ アレッツォ リヴォルノ リヴォルノ ピサ シエーナ グロッセート